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東伊豆町民インタビュー篠田芳子さん

荒武悠衣
荒武悠衣

今回は心温まる作品を作っている「てがき屋 mizuiro」として活動されている篠田芳子さんにインタビューさせていただきます!

篠田さん自己紹介をお願いいたします!

稲取で生まれ稲取で育ち高校卒業後県外に出て、専門学校に行きました。

専門では医療事務について学びました。

その後、就職し結婚して、子ども2人と稲取に帰ってきました。

稲取に戻ってきてしばらくセブン-イレブンで働いていました。

その後、役場の臨時職員でアスド会館の募集があり、健康づくりの補助として入ることになりました。

篠田さん
篠田さん
荒武悠衣
荒武悠衣

稲取生まれ稲取育ちの篠田さん、聞きたいことは山ほどありますが、、笑

アスド会館では具体的にどんなことをされていたのですか?

高齢者のプール教室の補助です。バスで送迎があって、午前中にプール教室があったので、一緒にプールに入って安全を見守っていました。

そこで水の勉強をして、アスド会館がなくなることになった後も、やっぱり水が好きで、赤沢の日帰り温泉のプールに勤めました。

水中のリラクゼーションやアクアビクスもやっていました。水の中だと体が軽くなるので、高齢者の方でも動きやすいんです。水の仕事は、今もチャンスがあればまたやりたいと思っています。

篠田さん
篠田さん

荒武悠衣
荒武悠衣

なるほど、私が移住した時にはアスド会館は閉館していたのでとても寂しいです、、篠田さんにとって水のお仕事は今も続いている大事なテーマなんですね!

今は絵を描かれていますが、本格的に描き始めたのは、どんなタイミングだったんですか?

子どもたちが家を出て、自分の時間ができてからかな。
本当は、その前から「書きたいな」と思うことは何度もありました。

稲取に帰ってきた時も、習字の先生をやろうかなと思ったこともありました。

でも、その時は子どもを育てるのが一番だったから。そんなことをやっている場合じゃないなと思っていました。

仕事を辞めて、少し時間ができた時にまた描き始めたら、楽しくなってきて。そこから今に続いている感じです。

ただ、自分の絵を人に見てもらうのは、最初はすごく怖かったです。SNSに1枚あげるだけでも、何か言われたらどうしようって。でも、少しずつ慣れてきて、今は出せるようになりました。

篠田さん
篠田さん

荒武悠衣
荒武悠衣

描きたい気持ちはずっとあっても、その時々は子育てや暮らしのことが目の前にあって、なかなか形にするタイミングがなかったんですね。

そうですね。
今の作品は、言葉が先に浮かぶことが多いです。テレビやYouTubeを見ていて、ふと引っかかる一言があって、そこから絵が浮かぶこともあります。

自分が自分に言い聞かせていることも多いと思うんです。勇気を出すとか、一歩出すとか。
それを見て、同じように思っている人の力になったり、笑顔になったりしたらいいなと思っています。

篠田さん
篠田さん

 

荒武悠衣
荒武悠衣

作品を見た人に、どうなってほしいという思いがありますか?

癒しや気づきとか。心が動いてそこから笑顔に繋がってくれたら嬉しいです。自分の心があったかくなれば、また誰かに優しくもできると思うので。

手書きにもこだわっています。印刷すれば簡単なんですけど、同じように描いても表情や色が少しずつ違うので、その中から自分の好きなものを見つけてもらえたらいいなと思っています。

篠田さん
篠田さん

 

荒武悠衣
荒武悠衣

篠田さんの作品があたたかく感じる理由が、少し分かった気がします。見る人に「これがいい」と選ぶ余白を残してくれている感じがあります。

活動名の「水色」は、どうやって決めたんですか?

最初に作品を出す時に、お店の名前があった方がいいですよって言われて。いろいろ考えたんですけど、結局「mizuiro」にしました。

水の仕事をしてきたというのもあります。水の仕事はまだ諦めていないし、水にはピンと来るんですよね。

あと、私の子どもたちの名前が、どちらも「RO」で終わるんです。
「mizuiro」も「RO」で終わるでしょう。私にとって子どもは大事だし、作っているものも大事。「mizuiro」は三男坊なんです。こっそり「伊豆(izu)」も入っていてもう「mizuiro」に決定!って。

篠田さん
篠田さん

 

荒武悠衣
荒武悠衣

水の仕事、子どもたち、今描いている作品。その全部が自然に入っている名前なんですね。篠田さんの絵の原点には、子どもたちに描いていたことがあるんですよね?

そうですね。
仕事で遅く帰ると、子どもたちの方が早く家に帰っている時があって、玄関に「おかえり」って手紙を置いたりしていました。

こども園のおにぎり弁当の中に手紙を入れたこともあります。年末の最後の日に、子どもたちだけ預けることになった時があって、申し訳ないなと思って。ポケモンが好きだったから、ポケモンの絵と「お迎え行くからね」って書いて入れたんです。

そしたら、先生たちも子どもたちも喜んでくれて。そこから、おにぎり弁当に手紙を入れるようになりました。

誕生日の時も、子どもたちがその時に好きだったものを描いていました。今見ると、「この時はこれが好きだったんだな」って思います。描いて、喜んでもらえるっていうのが嬉しかったのかもしれないですね。

篠田さん
篠田さん
荒武悠衣
荒武悠衣

子どもたちに向けて描いてきた絵が、今は誰かに向けた作品になっているんですね。

そうかもしれないです。
子どもたちには、本当に育ててもらいました。子育てって逃げられないので、向き合わざるを得ないじゃないですか。子どもたちから言われて気づかされることもたくさんありました。

篠田さん
篠田さん
荒武悠衣
荒武悠衣

篠田さんの絵がやさしい理由は、そこにもある気がします。

次に篠田さんが育ち過ごしてきた稲取について聞かせてください!
稲取で暮らしてきて、稲取の好きなところや、支えになっているものはありますか?

稲取の良さって、移住してきた人の方が分かるのかもしれないですね。ずっといると、分からなかったりするのかなって。

でも、大人になって分かることはあります。
実家に帰ってくる時に、潮の匂いで「ああ、帰ってきた」って思ったことがありました。

誰かが困っていたら、助けてくれる人は多いと思います。声をかければ、「しょうがねえな」と言いながらも、なんだかんだで力を貸してくれる。そういうところはありますね。

子どもの頃は、とにかく外で遊んでいました。夏は海。昔は水着でそのまま海に行って、岩場で泳いでいました。だから今でも砂浜より岩場の方が好きです。

祭りや地域の行事も、続いていってほしいと思います。子どもたちが参加するものとか、稲取ならではのものは残っていってほしいですね。

篠田さん
篠田さん

荒武悠衣
荒武悠衣

なるほど、港町で育ってきたからこその潮の匂いや人の声のかけ方、困った時に手を貸してくれる距離感、稲取はほんとにあたたかい場所なんだなと改めて感じました。
さいごに今後やってみたい事など教えてください!

ネット販売をしたいと思っています。
でも、やっぱり対面で売りたい気持ちもあります。マルシェに出てみて、お客さんと話しながら渡せるのはいいなと思いました。

あとは、展示会みたいなこともできたらいいなって。作品を見てもらって、気に入ったら購入もできます、みたいな。

いつかは、お店が持てたら一番いいなと思います。ギャラリーみたいな場所で、自分の作品だけじゃなくて、私みたいに作ったけどなかなか一歩が出ない人の商品も一緒に置けたらいいなって。

それから、子どもたちが自由に色を塗れる塗り絵のようなものもやってみたいです。名前や日付を入れられるようにしたら、旅の記念や地域で過ごした思い出にもなると思うんです。

やっぱり、やってみたいって思っていたことをやってみるって大事なのかなって思います。
自分がやりたいことをやっていたら、それを喜んでくれる人って絶対いると思うんです。

篠田さん
篠田さん

荒武悠衣
荒武悠衣

篠田さんと話していると、絵を描くことは、誰かを思って手を動かすことなんだなと感じました。

子どもたちに描いてきた絵や、水の仕事、稲取で暮らしてきた記憶。
その一つひとつが、今の「mizuiro」の作品につながっているのだと思いました!

篠田さん、今日はたくさんお話を聞かせていただき、ありがとうございました。